90年代


1: アブナイおっさん ★@無断転載は禁止 2017/04/18(火) 19:58:21.31 ID:CAP_USER9
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1990年代に放送され、今でも語り継がれている伝説の番組、『ボキャブラ天国』シリーズ(フジテレビ系)。当時の若手芸人の登竜門的な存在で、芸人なら誰もが出たいと思っていた番組だ。そこから数多くの芸人が世に出て人気になり一世を風靡した。

 ボキャブラ芸人で今もなお第一線で活躍をしているのが爆笑問題や海砂利水魚(現・くりぃむしちゅー)やネプチューンなどだ。彼らボキャブラ芸人は当時爆発的な人気があり、アイドル並みに女性からの支持があった。そして番組だけではなく、全国各地の営業やイベントに呼ばれるようになったのである。


ボキャブラ天国に出ていた芸人の多くは当時20代であり、デビューしてから2~3年目で一気に人気者の仲間入りをした芸人も数多くいた。20代で売れる芸人は数えるほどしかいない現在と比べると、かなり異常な世界だったのである。番組に出始めは電車で通っていたのにいつの間にか車を買って通うようになり、外車を乗り回していた芸人もいた。お金を落とし、それに気付いても、例えそれが1万円札であったとしてもわざわざ拾わなかったという。

 とあるボキャブラ芸人は「当時一気に大金を稼いだのでお金の価値が分からなくなっていたのだと思います。売れるのは簡単。このままずっとテレビに出続けるんだろうとも思っていました。あの時の自分はどうかしていました。今考えると怖いです」と、語っていた。

 20代そこそこで相当な額のお金を手にし、周りからチヤホヤされてしまったらそれくらいの勘違いはしてしまうのであろう。ボキャブラ天国が終わり、2000年代に入るとかつて大人気だった芸人は忘れ去られ、次の新しい芸人へと時代は移っていった。その中でも前出のような芸人たちは生き残ったが、その他の芸人はその後どのようになったのだろうか。

 テレビで見ない日はないくらい人気の土田晃之は、元々「U-turn」というコンビを組んでおり、相方は芸人を辞め一般人となった。ピコ太郎のプロデューサー・古坂大魔王も元々はトリオ「底抜けAIR-LINE」出身である。メンバーの小島忍と村島亮は、お笑いとは別の仕事をしている。

しかし、業界に残っている芸人も多い。江頭2:50は、コンタキンテとともにコンビ「男同士」を組んで「ボキャブラ天国」にも出演していた。今、元相方・コンタキンテは、俳優や演出家として活動している。放送作家やマネージャーなどの裏方に転身した元芸人もいる。

 替え歌を持ちネタにしていた金谷ヒデユキはミュージシャンとして活動していたが、やはりお笑いを忘れられないということで、現在は浅草東洋館などで舞台に立ってネタをやっている。声優事務所81プロデュースに所属し、声優としての活動も行なっているという。

 「遅れてきたルーキー」として人気を博したBOOMERは、同じくボキャブラ芸人のプリンプリンとユニットを組み、現在でも新作コントを作ったり、爆笑問題が主催するタイタンライブに出演したりするなど活躍している。

 彼らボキャブラ芸人は当時ライバルであり、目も合わすことなくバチバチの面もあった。彼らが所属する事務所は、学園祭や営業の取り合いでこちらもライバル関係にあった。しかし今では同級生のような仲間意識があり、当時の思い出を笑い合える年齢になっているという。

 昨年末大ヒットとなった“ピコ太郎”をプロデュースする古坂大魔王のように、再ブレイクをする“ボキャブラ芸人”が今後現れるかもしれない。

http://news.livedoor.com/article/detail/12938375/

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1: アブナイおっさん ★@無断転載は禁止 2017/04/13(木) 21:02:19.50 ID:CAP_USER9
「19(ジューク)」の岡平健治(38)が、12日深夜に放送された日本テレビ系「ナカイの窓 お久しぶりですSP」(水曜・深夜0時9分)に出演し、
人気絶頂期での解散や実業家として転身した現在を語った。
 司会の中居正広(44)が以前、MCを務めていたTBS系歌番組「うたばん」(1996年10月―2010年3月)以来、14年ぶりの再会という岡平は、
「『うたばん』がきっかけでブレイクしたので恩人です」と中居にあいさつし喜んだ。

 「19」は、「あの青をこえて」でデビュー。2枚目のシングル「あの紙ヒコーキ くもり空わって」が大ヒット。CD650万枚を売り上げるも
人気絶頂だった2002年3月に約3年間の活動に終止符を打った。
解散時には「それぞれの未来への可能性と、音へのこだわり」と音楽性の違いが伝えられていた。


 中居は「本当(の解散理由)はどうなの?」と真相をチクリ。

岡平は「30%は音楽性の違い。70%は周りを取り巻く環境からちょっと抜け出したかった。約200万枚くらいは印税が入らなかった。
200万枚といえば約2億5000万円くらい」と告白しスタジオを驚かせた。

 中居が「ちょろまかされたの?」と理由を聞くと「そういう契約をされていた」とポツリ。

 中居は「誰が悪いわけじゃないよね。そういう契約したんだもんね。そのかわりCDが売れなくても給料は出しますよ」と契約内容についてフォロー。
岡平は、契約について認めつつも「給料は10万円です。ちょうど中居さんと『うたばん』でブレイクして、街中を歩けなかったときに(家賃)1万8000円。
風呂なし、トイレ共同でした」と驚かせ、「『すべてへ』から歩合制になり、いきなり5000万円入って来ました」と当時を振り返った。


 現在は、都内にビルを持ち、ライブハウスやレコーディングスタジオのオーナーとして実業家に転身。
「芸能界以外で成功したかった。不動産は逃げない、不動だから」と語ったが、ゲストMCの千原ジュニア(43)から「うすい名言やな」といじられ笑いを呼んだ。
中居は「いろんな人生があるな」としみじみしていた。

 岡平は、デュオを組んでいた岩瀬敬吾(38)について聞かれると連絡を取り合っていることを明かし、
中居から「19」再結成をススメられ、「活動休止にすればよかった。当時は解散(の流れ)だった」と再結成にまんざらでもない様子だった。

http://www.hochi.co.jp/entertainment/20170413-OHT1T50146.html

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