1: 北村ゆきひろ ★@無断転載は禁止 ©2ch.net 2017/02/21(火) 00:36:39.33 ID:CAP_USER9
歴史にIF(もし)は禁物と言うが、この出来事がなければ総合格闘技界も大きく変わっていただろう。
1997年10月11日、総合格闘技イベントPRIDEの第1回大会で行われたcap092_20081011231551s
高田延彦

-ヒクソン・グレイシー戦から今年で20年を迎えた。

 17日に開かれたPRIDEの流れを受け継ぐ総合格闘技イベントRIZINの会見では、今年の年間スケジュールなどとともに、
高田-ヒクソン戦の20周年記念イベントを行うことが発表された。ヒクソンと戦い、今はRIZINの統括本部長を務める高田氏の
心中には言葉にできないような思いが去来したのだろうか。会見でコメントを求められると「んー、そうですね…。あっという間と言えば
あっという間ですね…。以上でございます」と、遠くを見つめながら話すだけだった。

 元はといえば、「PRIDE」はこの1戦のために始まったイベント。高田氏は敗れたものの、その後の「PRIDE」は視聴率20%を
超えるほどの人気を集め、一時は世界最高峰の舞台になったことを考えると、この1戦が日本の総合格闘技界に与えた影響は極めて大きいといえる。

 会見では、この1戦の実現に尽力したRIZINの榊原信行実行委員長も感慨深げだった。「こんなに総合格闘技が愛されて
競技者が増えるとは想像していなかった。高田-ヒクソン戦はとっても大きな貢献をしたと思う。そこから10年のPRIDEの歴史は
世界中のプロモーションに大きな影響を与えたと自負しています」と当時を振り返り、「あの試合がなければ、PRIDEが生まれていなかったら、
当時はアメリカで総合格闘技は禁止になっていた訳ですから、行き場がなかった。衰退していくしかなかったタイミングで10年間、日本で育った」と意義を強調した。

 榊原氏が言うように、現在につながる総合格闘技のはしりといる米国の総合格闘技団体UFCも、今でこそ世界最高峰に君臨するものの、
高田-ヒクソン戦が行われた頃は、米国の多くの州で総合格闘技を禁止する法律が定められたこともあり、厳しい経営状態に陥っていた。
その後に大きく成長したPRIDEが世界最高峰にふさわしい舞台を作り上げていなければ、総合格闘技が現在のような隆盛を迎えることはなかったかもしれない。

https://www.daily.co.jp/opinion-d/2017/02/20/0009929437.shtml

http://hayabusa8.2ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1487604999/ 【【格闘技】<出てこいや!>高田VSヒクソンから20年 総合格闘技の栄枯盛衰】の続きを読む